ファーストフードやコンビニで、外国人の店員さんをよく見かけるようになりました。
渋谷で朝マックしてますが、レジにいた店員さんはネパール出身の19歳。
先週末から、渋谷に拠点を置いています。
渋谷に拠点を移しました。BOOK LAB TOKYOで読書に没頭。
— たくみじゅん@人口減少社会の研究者 (@takumijun01) 2019年3月2日
BOOK LAB TOKYO – 渋谷・道玄坂にあるコーヒースタンド併設の本屋 https://t.co/8tIt8oxLuJ
本業がピークに差し掛かるので、通勤時間を減らしたい、というのが理由でしたが、せっかくなので、この拠点を、地方人口減少にまつわる情報を集めることに利用できないかと考えました。
拡散希望。4月下旬から当面渋谷区道玄坂のワンルームを無料開放しようと思います。対象は、地方から上京した、もしくはこれからする10代〜20代までの若者。滞在費の対価は、①故郷の現状、②東京にきた理由、の2点を話してもらうこと。開放する場合の詳細条件は、皆さまの反応をみて決めます。
— たくみじゅん@人口減少社会の研究者 (@takumijun01) 2019年3月3日
本業が少し落ち着くのが4月最終週。Twitterに書いたのは、そこからどうするか、の一案です。
実際に細かいことは何も決めてないので、まさにジャストアイディアです。
今朝は快晴。気温も上がるので絶好の花粉日和。
戦後当時、将来の糧にと国策として植えた杉や檜。数十年後の現代では国内の木材需要も減り、しかも花粉が国民病の元になるとは皮肉ですね。
先週末はBOOK LAB TOKYOで本を読み漁っていました。読むのは、スモールビジネス、YOU TUBER、複業、などなど。
どれも一言で言うと、マーケットに価値を提供し、金銭等の対価を得ようという話。自分で働く、という話ですね。
資本主義の枠組みでは、お金に働かせるか自分で働くか、の二択しかなく、その中で各々がそれぞれの選択をしていくという構造になっています。
自分で働くのも、会社勤めをする、個人でマーケットに価値提供をする、あるいはその両方をする、という概ね三択で、両方をする、というのがこれほどやりやすい時代はかつてないと断言できます。
副業解禁の流れも加速するでしょうし。
ただ、最近痛切に感じるのは、資本主義の枠組み、具体的に、マーケットに対して組織としてあるいは個人として価値提供をすることで、金銭等の対価を得るという仕組みのおかげで、非常に便利な世の中になっていますが、一方で、資本主義がすべての問題を解決するわけではないということです。
むしろ、資本主義で解決できない課題というのが、長い目でみたときに実は本質的に大事なことなのではないかと。
マーケットに対して価値を提供するということは、そもそもマーケットがその価値を認識していないと意味がなく、マーケットが認識できる価値は、短期的に金銭に置き換えられるものしかないので、資本主義では目先の問題解決ばかりに目が行き、長期的な問題ついては、政治任せになってしまいます。
でも、政治も票田の意向で舵取りが決まりますので、結局、一部の人が潤うことにしかならないと。
こういった枠組みの中で、人口減少に関する問題に一石を投じる有効な手段は何か。
ネットにある寄せ集めの2次情報ばかりではなく、地方の生の声を集め有効な対策につながるための足がかりは何か。
そういったことを考えています。
今日もBOOK LAB TOKYOにきてます。
拠点のマンションから徒歩1分。
最近ニュースを賑わしてますが、コンビニの24時間営業について、人手不足でオーナーから限界という悲鳴が上がっています。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190303-03021193-nksports-ent
人手不足なのはもちろんそうで、加えて地方では24時間営業ではもはや採算が合わないところも多いのではないでしょうか。
この流れは今後加速する一方です。これに対して、中国などで先行している無人販売店導入の声も上がっていますが、これについては長期的に意味がないと考えています。
原因は人口減少社会だからで、供給サイドを整えたところで人が減ることの需要減が賄えないからです。
生産性を上げよう、付加価値を上げよう、働き方改革ではそのような主張がありますが、いずれも供給サイドのみの話であって、国内の需要減については何の解決にもなりません。
そして、人口減少社会で最も経済的に痛いのは、まさにこの需要減なのです。
今後の日本では、人手不足→生産コストの増加→物価上昇→需要減→供給体制の縮小→経済衰退、という流れがデフォルトでしょう。
もはや取り返しのつかないところにきているのでは、と思わずに入られません。
近々本業がピークに差し掛かる時期でもあり、渋谷駅付近に部屋を借りています。画像は道玄坂にあるBOOK LAB TOKYO。コーヒーを飲みながら書店の本を読める空間です。インターネット関連企業のメッカであるしぶやということもあり、プログラミングやデータサイエンス、AIに関する書籍も並んでいて、パソコンの画像を見つめるエンジニアらしき人もたくさん。
コンセプトが明確で共通の趣向の人が集まる場所、いいですね。
読んだ本は下記で、いわゆるハウツー本です。
3ヶ月の使い方で人生は変わる
複業教科書
https://www.amazon.co.jp/dp/B07LF94GHB/ref=dp-kindle-redirect?_encoding=UTF8&btkr=1
しばらく定期的に通おうかと思います。
昨日のオフィスから撮った夕方の風景です。
いつもの日常風景ではあるのですが、、
なんでしょう、たまに違和感を感じる時があります。昔からなのですが、、我に還るといいますか。
地平線にまで覆う人工的な建物、これに純粋に違和感を感じるのです。遮る物のない空の大気とはまるで対照的ですよね。
人の営む社会生活のためだけに敷き詰められた人工物、人が減ればそのまま無用の長物と化すだけです。
栄枯盛衰という歴史を振り返れば、今ここに至るまでの道半ばに、人が減ったらどうなるんだろう、これはこのまま進めていいのだろうか、と思いを巡らす機会は私を含めたそれぞれの人にあったはず。
いや、ここまでの道を振り返るだけでなくとも、インターネットで情報やお金が瞬時に世界を駆け巡るこの時代にあって、この重厚長大な建造物は果たしてこれだけ必要なのでしょうか。
春の儚い桜吹雪、窓越しに伝わる梅雨の雨音、夏の夕暮れに響く蝉時雨、見上げれば紅葉と秋の空、澄んだ夜空に瞬く冬の星座、それらが時に不便を伴うものだとしても、それぞれが日常生活と一体となり、現代の経済活動を営むこともできたのではないか。たまにそんな思いが湧き出てきます。
そんな日常であったなら、、それが本来の日本の姿なのだとしたら、脳裏によぎるこの感覚、これがもし間違っていないのだとしたら、これから何十年かけても自分が生涯かけて向き合うべき仕事なのだと思っています。