たくみ じゅんの「個人台頭の時代」へ!!〜ただいま山林開拓中〜

「人口減少社会」の在野の研究者。「人口減少社会」の行き着く先に「個人台頭の時代」が見えてきました。大磯に山林所有。

国に頼らず、投資家かなんちゃって自給自足。それこそ個人が目指すべきゴール。③

「人口減少社会」が本格するこれからの時代、個人レベルでの基本スタンスと目指すべきゴールは何か。

 

このシリーズも今回が最後です。

 

個人レベルでの対策について、このシリーズはあくまで総論に過ぎませんが、次回以降の記事の大枠にあたるものです。

 

前回に続き、僕なりにだした答えをもう一度書いた上で、目指すべきゴールがどうしてそうなるのか、説明していきます。

 

  • 基本スタンス :国に頼らない。但し、義務は履行し、利用できることは最大限利用する。

  • 目指すべきゴール:投資家かなんちゃって自給自足。

 

しつこく繰り返しますが、この基本スタンスと目指すべきゴールはとてつもなく大事です。

 

本題に入ります。

 

前回、グローバル経済における労働者の立場からは脱却を目指すべきと書きました

 

グローバル経済における、というところがポイントです。

 

この労働者の立場から抜け出したとき、ある人たちはこの世界において「上がり」の状態を迎えます。

 

ハッピーリタイアできた人たちです。インフレ対策も兼ね、主に保全目的で資産運用を行います。

つまり、この「上がり」を迎えた人たちは、投資家です。もちろん、消費者でもあります。

 

消費者として切磋琢磨を続けるグローバル経済の恩恵を常に享受しながら、そして悠々自適で自由を謳歌しながら、残りの人生を送る。

 

羨ましい限りです。こういう人たちの中には、自分でビジネスを始めたり、社会と携わるために労働者であり続ける人もいます。

 

ですが、それは必要に迫られてのことではなく、「自己実現」のためです。そのため、「上がり」を迎えたけれども労働者であり続ける人を、ここでは労働者として扱いません。

 

この「上がり」を迎えることが、まず目指すべき目標です。

 

但し、気をつけなければならない点が一つ。

 

日本で定年退職し、年金を受給し、その年金に依存して生活している人たちは、「上がり」とは呼べません。

 

年金に頼るとはつまり国に全面的に頼ることです。

 

今の年金受給者がすぐに生活に困ることはないでしょうが、中長期的にみて、年金の実質的な減額は不可避だと僕は考えています。

 

つまり、年金に依存したリタイアは、ここで述べている「人口減少社会において目指すべきゴール」ではないのです

 

一度まとめます。

  • グローバルな経済の中で、労働者の立場を卒業し「上がり」を迎える人がいる。
  • この人たちこそ、人口減少社会において目指すべきゴールの一つである投資家である(もちろん、消費者でもある)。
  • 但し、年金依存のリタイアは、目指すべきではない。

労働者を卒業し、国に頼らない投資家になれれば、その後は素晴らしい人生です。

 

仮に贅沢はできなくても、毎日の充実度が違います。人生が新たに始まったかのような気持ちになるでしょう。

 

残念ながら、上記のゴールにたどり着ける人は多くありません。むしろ少数派でしょう。

 

残りの人は、どうすべきでしょうか。

 

僕なりの答えを言います。投資家の道はあきらめ、消費者の立場を極めるのです。

 

そして、労働者となる時間はなるべく減らし、お金を払って購入してるものを、できるものから自給自足にしていく

 

日本の空き家はこれからもどんどん増えていきます。

探せばそれなりのロケーションでも、ただ同然で借りることができるでしょう。

 

落ちている枝を集めてロケットストーブ使えば燃料代もかかりません。

 

野菜なんかは農家のおばちゃんと仲良くなれば食べきれないほどくれます。だって実際余ってるんですから。

 

本なんてそれこそ図書館にいけばすべてただです。

ベストセラーも時間が経てばブックオフで100円で買えます。

 

実際、月2万円程度で衣食住満ちたりた生活をしてる人もいるのです。

 

完全な自給自足や月2万円での生活はちょっと極端だとしても、日本が経済大国であり続ける限り、年間100万円もあれば、充分に生活できるのです。

 

もし自給自足の手段として釣りや農業もやれば、生活にかかるお金は更に減ります。

 

こういう生活を選択できる日本の人は、世界的にみても極めて恵まれています。

 

他人と比べてどうかという競争ありきの価値観から抜け出して、お金をかけずに、自分が満足できる環境を自分で作りにいく

 

価値観の転換さえできれば、この環境作りは非常に心地よいものです。

 

この環境作りを僕はなんちゃって自給自足と呼んでいます。最低限の労働はしなければなりませんが、それは余暇をより楽しく過ごすためのスパイスだと割り切りましょう。

 

ちなみに、こういう環境作りを個人ではなく、共同体として行うという選択肢もあります。

 

地域通貨の導入や、地元密着型のNPOの支援など、こちらの方が人口減少社会にとるべき対応として一般的かも知れません。

 

僕はそれを個人で行ってもよいと思うのです。

 

むしろ、そういう個人が増えることで、新しい価値観の共同体がどんどん活性化していくはず。

 

人生は人との競争ではありません。

自分の道を探す旅です。

 

その旅を終えるとき、

 

 

いろいろあったけど、やっぱり楽しかったね、

出会えた人たちありがとう。

 

 

そう言えれば、その人にとってよい旅なのです。それでいいのです。

 

最後にまとめます。

  • 投資家になれなければ、消費者を極め、労働者の立場は最低限に留める。
  • 日本は恵まれており、その気になれば自給自足に近い生活、なんちゃって自給自足ができる。
  • 競争するために生きてるのではない。他人と比較するという従来の価値観を変えていこう。

 

今日はここまでにします。


課題はまだまだたくさん。書くことには困りません。