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たくみ じゅんの「個人台頭の時代」へ!!〜ただいま山林開拓中〜

「人口減少社会」の在野の研究者。「人口減少社会」の行き着く先に「個人台頭の時代」が見えてきました。大磯に山林二つ所有。よかったら一つお売りします。

あらためて感じたグローバル資本主義の凄さと怖さ

ここ最近、ものの本を読みアカデミックな理屈をうんうん唸って考えるのではなく、力不足を謙虚に認め、地に足をつけ歩き回ることで、心底実感したことが2つあります。

 

人によっては当たり前!と思うことかも知れませんが、今日はその実感について書きます。

 

グローバル資本主義ってやっぱり凄い!

一つ目は、グローバル資本主義ってやっぱ凄い!ということです。

 

例えば、スターバックスに入ります。

僕がよく頼むドリップコーヒーのTallは340円。

決して安くはありません。

 

しかし、店内を見渡せば、落ち着きのある色彩で統一されており、リラックスできる音楽がほどよい音量で流れています。

 

上手くソファに座れれば、そのまま一人でいつまでいてもまるで気になりません。僕の経験に関していえば、態度の悪い店員に出会ったこともありません。

 

みんな、笑顔で(見た目は)楽しそうに仕事をしています。

 

クオリティは少し落ちるかもしれませんが、エクセルシオールドトールも同様です。

 

慣れていて当たり前になってしまっていますが、消費者として、これらコーヒーチェーン店のサービスを受けたとき、快適に思う要素はあれど、不愉快になる要素は一つとしてないのです

 

そして、それが1年365日、日本(あるいは世界)どこでも、消費者は当たり前にそのサービスを受けることができる。

 

もちろん、コーヒーチェーン店に限りません。

グーグル、アマゾン、アップルなど世界の先頭集団をいく企業をはじめとして、競争に勝ち繁栄する企業は、間違いなくその時代の消費者が求める水準の遥か上のサービスを提供しています

 

そういった勝ち続ける企業は、世間から圧倒的な賞賛を浴び、成功モデルとして持てはやされます。

 

一方で、競争に負けた企業は、その市場から退出するか、企業そのものが消滅していきます。

 

栄枯盛衰。

 

今勝ち続けている企業ですら、10年先にどうなっているかはまるで予測つきません。もし消滅していても、10年の人々はまるで驚きもしないでしょう。

 

10年と比べるとよりはっきりしますが、この容赦のない競争原理により、消費者としての僕達の生活は便利になる一方です。

 

そして、この流れはこれからも続いていくでしょう。

 

 

消費者としての立場から、グローバル資本主義の凄さをあらためて実感したのです。

 

 更に加えていうならば、世界有数のホスピタリティ、サービス精神を持つ日本人が、ハイレベルなサービスを提供するのですから、日本の消費者はとてつもなく恵まれています。

 

② グローバル資本主義ってやっぱり怖い!

2つ目は、グローバル資本主義ってやっぱり怖い、ということです。

 

平塚駅の駅前商店街にも、コーヒー店、というか喫茶店はいくつかあります。個人的には気にいったお店もあって、スタバやドトールではなく、商店街の喫茶店にいくこともあります。

 

が、どこも活気がありません。まばらなお客さんしかいない店内に、どこか申し訳なさそうな空気すら漂っているお店もあります。

 

どこの喫茶店もスタバやドトールといったチェーン店にお客をとられ、マスターやお店からあまり活力が感じられないのです。

スタバやドトールのサービスに勝てず、お客が流れている、つまり商売で負けているように感じます。

 

グローバル資本主義の思考に馴染んでいる人は、恐らくこういうことでしょう。口にはださなくても、心のなかではつぶやいてるはず。

 

スタバには勝てないんだから、喫茶店やめて別のお店にすれば?

 

合理的に考えればそんなことはマスターにだって分かります。それを実行しないのは、人生の一部になったお店を損得感情なんかで整理できないことを分かっているからです。

 

しかし、このまま時間が経ち、お客さんが入らなければ、否応なくお店を閉めざるを得ないでしょう。

 

このとき、マスターの心境はどうなのか。体の一部を失ったような気持ちになるのではないでしょうか。

 

僕が感じるグローバル資本主義の怖さはここにあります。

 

勝ち負けはしょうがないにしても、負けた人からお金に換算できるものだけでなく、換算できないものも奪っていく

 

そして、いうまでもなく、人間にとって本当に大事なのはお金に換算できないものなのです。

マスターの生きがいもそうでしょう。合理的な意思決定ができないものこそ、人間にとって本当に大事なものなのです。

 

(もちろん、マスターは他に生きがいがあるかも知れません。マスターの気持ちは僕の推測ですが、テーマを浮き彫りにするための一例です)

 

つまり、グローバル資本主義は負けた人から奪いすぎるのです。それも奪ってはいけない大事なものを

 

そして、グローバル資本主義で負ける人というのは、多くの場合労働者です。

 

労働者としての立場から、グローバル資本主義の怖さには鬼気迫るものを感じるのです。

 

これから先、人口減少社会が本格化し、労働者の立場がきつくなる日本では、労働者として負けてしまう人も増えていくでしょう。

 

日本の労働者はこれから本格的にグローバル資本主義の怖さと対峙していくことになると思います。

 

加えていうならば、勝ってる企業の従業員や勝ち組と呼ばれる人たちは、みんな心穏やかで活気に満ちてるのでしょうか。

 

一部の人を除き、僕にはとてもそんな風には見えません。更に勝てるように、負けないように、心の余裕を失ってる人の方が多いように感じます。

 

みんな便利な生活に満足してるけど、みんな幸せかというと、そうではない。

 

以上、あらためて感じたグローバル資本主義の凄さと怖さでした。

 

おしまい